November 22, 2016

音楽家の為の「音楽著作権解説」A

一つの楽曲が生まれて、リスナーの耳に届くまで、そこには様々な立場の人々が関わっています。 しかし案外、権利者の立場である音楽家の方々から「著作権周りが難しくてよく分からない」という声を耳にします。 「音楽を聴く」ということがどんどん手軽になる一方で、音楽ビジネスとは「権利ビジネス」であるという本質が重要度を増し続けています。 そこでChocoMintは「音楽家の為の」といった視点で、難しい条文や専門用語になるべく依存しない文体の「音楽著作権解説」を用意しました。 今回は第二回です。


第二回「著作権の歴史と考え方の推移」

どうやって「著作権」という概念は生まれ、どのように広まったのでしょうか。 そもそも、「著作権」とはいったい何なのでしょうか。これが今回のテーマです。
※注意点※
「音楽」とは著作権で保護される著作物のうちの一つの形態ですが、今回は「著作権の歴史」がメインになる為、 音楽だけでなく「著作物全体についての解説」となります。予めご了承下さい。


<著作権が生まれるまで>
出発点は15世紀中頃までさかのぼります。 ドイツで「グーテンベルク」という人物が「活版印刷」を発明し、書籍の大量出版が可能となりました。 (それまでは手書きで複写していたので、当時の技術としては、圧倒的な進歩でした。) 最初は主に聖書や歴史書が出版されましたが、悲しいことに、発行元の出版社とは別の者が発行した「偽版」が横行し始めました。 つまり「どんなに頑張って良い本を作って発行しても、赤の他人がそれをコピーして勝手に売り始めてしまう」といった状況ですね。 当然「これでは商売上がったりだ!」という声が上がりまして、出版社には各々の国の国王や専門機関から「出版の専売権」が付与されるようになりました。 ちなみに「専売権」というのは、「あなただけが独占して売っていいですよ。他の人は売っちゃダメですよ」という権利です。 これで全てが解決したかのように見えました。しかしここで新たな問題が生まれます。
実は「専売権」というのは、とても不安定な権利だったのです。 なぜ不安定かというと「専売権」は当時「恩恵的権利(誰かに与えられる権利)」であり、例えば国王が権利を与えていた場合、世代交代したり、 極端な話、何かの拍子に急に国王の気が変わってしまったりすると、権利自体が失われてしまう可能性があったからです。 当時ただでさえ影響力の強かった「出版」をこのような不安定な権利が支配してしまうと、出版物の内容や傾向に偏りが生じる可能性すら出てきてしまいます。 これは非常に危険です。
例えばですが、専売権を与えている国王がパスタ好きであれば、出版物の傾向は「パスタ食べ歩きガイド」とか「おいしいパスタの作り方」といった、 パスタを取り上げたものが多くなったり、ポテトが嫌いであれば「ポテト」という単語自体が出版社の中で使用禁止語句になってしまってもおかしくないのです。 そこで、出版社の権利を「永続的な権利」とする為に、恩恵的権利ではなく「自然権」と捉えよう、という考え方が生まれます。 ちなみに「自然権」というのは「政府がなくても、法律がなくても、人間が最初から持っている権利」です。 例えば「人権」というのは自然権の代表的なものであるとされています。 つまりどういうことかと言いますと「出版社の専売権は、国王から与えられているものではなく、著作者が最初から自然に持ち合わせている権利である。 そして出版社は著作者から権利を譲り受けているのだ」という考え方に移行していったのです。
そしてその「自然権」としての考え方は広く受け入れられていき、ついに1709年、英国で「アン法」という名の「世界初の著作権法」が生まれました。 これが著作権の始まりです。めでたしめでたし。


<著作権の本質>
日本には明治頃まで「著作権」を守る法律や条例はありませんでした。 つまり楽曲や物語などの「著作物」は存在しても、その利用に対しての「法的な権利」は発生しない時代があったのです。 「著作権」というのはざっくり言ってしまうと、先進国が未来に描く「高次元な共通認識」です。


感情や思想を表現すると、それを見たい使いたいって人が現れるよ!
価値が高ければどんどん使われて、その分お金が入るよ!有名にもなれるよ!
そうやって富や名誉が得られるのは、著作者の当然の権利だから、他の人は邪魔しちゃいけないよ。
邪魔したら権利侵害等で罰せられるよ!


確かに皆でこの共通認識を持てば、作家は保護されますし、文化の発展の大きな手助けになりますよね。 しかし、上記の共通認識が、自分たちにとってあまり重要ではないと感じている国だってあります。 先述の明治以前の日本も、鎖国等の状況からそうでした。
例えばですが、国が貧困状態だったり、紛争中だったり、国民の意識が揃わずきちんと統治できていなかったりして、「それどころじゃないんだ」という国もありますし、 政体、文化、習慣、思想的に「導入が難しい」という国だってあります。 いくら自分の国がこの著作権という共通認識を大切にしているからと言って、こればかりは全ての国に無理矢理押し付けられるものでもないのです。 実際現代でも、アフリカや中東の多くの国には著作権法は制定されておらず、事実上自由に著作物を利用することができます。 (悲しいことに、それを利用して悪いことをしようとする人も少なからずいます。)
そこで国家間では、「著作物の保護」というのは押し付け合うのではなく「相互保護の精神」が基本となっています。 つまり「私もあなたの国の著作物を守るから、あなたも私の国の著作物を守ってね」 逆を言うと「あなたは私の国の著作物を守っていないから、私もあなたの国の著作物を保護しませんよ」ということです。 ただ、たくさんの国でお互いに著作物を保護していくわけですから、もしも「著作物の定義」や「権利の内容」の認識にズレがあるとうまくまとまりませんね。 しかしご安心ください。 著作権を保護している国々は「ベルヌ条約」などの国際条約に加盟していて、その条約の中で細かいことは定められているので安心です。


<補足>
■日本国における著作権制度の沿革
明治2年(1869年)出版条例(出版者の保護)
明治20年(1887年)版権条例(著作者の保護)
明治32年(1899年)著作権法(いわゆる「旧法」)
同年 安政の不平等条約(1858年)解消の一環として「ベルヌ条約」加入
昭和45年(1970年)著作権法(現行法)

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